3日目

ついに、この日がやってきてしまった。
もう、あれから一年経ってしまった。何となく朝から落ち着かないので、9時ごろにはもう学生会館に行って音出しをしていた。結局譜面細工の材料を10時近くなってやってきた17に手渡したが、どんなものになるか気になって仕方なかった。彼女ネタになることは予想出来てはいたのだが…。
みんな至る所で合わせをしている。あの普段冷静なH弥君さえ次から次へと人を変えて合わせている。みんなだんだん気持ちが高ぶってきている様子が、ひしひしと伝わってくる。
それに引き換えといってはなんだが、僕は逆にそういう様子をある意味冷徹な目で追っている自分に気付いた。表面上は譜面細工はどうだとか、みんなとその空気で話したりしながら、変に湿った冷め切ったものが芯には存在していた。それは3日前辺りからぼんやりと感じていることだった。みんな本番が近づいてそれぞれが精力的に動いている、その中で、実際ここでオケをどうしようか、と真剣に考えている、と云うのは恥じるべきことではないのか、と。学科が内定してから、学科の5人以上の別々の友人に、3年になってもオケを続けるつもりなのかと訊かれた。恐らく何気なくそういう話になったのだと思うが、こうも別々の人に言われてしまうと、やはりこのままでいいんだろうかと云う気になってしまう。オケをやっている人に訊いてみれば「当然続ける」という答えが返ってくることは百も承知だけれど、オケをやっているというのはかなり特殊な環境、状況にいるということを加味すれば、事は余計に複雑である。実際、オケをやめた人のことを団員は全くといっていいほど良くは言わないけれど、その後も友達づきあいを続けている少数派?にとってみれば、彼らは彼らなりに音楽を捨てたわけではなく、ベースとなるものべきものを、他に見つけただけだということが分かる。そして、彼らをどうせ亜流と批判する人もいることは知っている。しかし、これは相対的なもので、彼らからしてみれば、僕たちが亜流にすぎないということは自明である。駒祭が終わって「引き際」というものを意識するというのは、ありうると何人もの先輩から聞いてはいたが、その前から頭を掠めるというのは、今まで聞いた事が無い。こんな変な焦りを感じながら、それでも時計の針は進んでゆく。
昼頃に友人に会って、すぐに全員集合。
全員集合が終わって、着替えてから、900番へ。
本番が近づく。もう、頭を切り替えるしかない。
よく考えたら、これまで演奏会毎に「これが終わったらやめよう。」と考えていたことを思い出した。だから何だ、と言われたらそれまでだけど。「必要ないと判断されたと感じたら、いつでもやめる覚悟は出来ている。」と開き直るしかない。こうすると、これまでは切り替えることが出来ていた。
君原健二が書いていたっけな。

もう走れない、と感じたら、せめて次のあの電柱まで走ろうと思う。次の電柱まで来たら、向こうに見えるあの角まで走ろうと思う。

本番。
とにかく演奏の事に集中する。

  • 大学祝典序曲…入りが命。今回は全体として集中している。途中、というか初めにチェロの弦が切れるハプニング。何年か前の生命保険会社のCMよろしく*1楽器を回すのを横目でチラチラ見る。全体はそのままのエネルギーを維持したままで最後のmaestosoへ突撃。
  • フィンランディア…大学祝典序曲のエネルギーをそのまま受け継いでいる。弓順変更も直前にあったけれど、間違えないし、歌うところもそれなりの気持ちがこもっていたと思う。最後の音の切りかたまで本当に気合が入って(笑)いた。

休憩は、戦場のようだ。場所が狭いため、余計にそうだ。外との気温差が大きく、チューニングに神経を使う。

  • 運命…一楽章はやはりバラける。4プルのため余計に神経を使う。かといって、萎縮すると周りに影響して後ろのプルトの音がなくなるから*2、難しい。二・三楽章、そして、三楽章から四楽章にかけては、上手くいったと思う。途中弓を間違えたのが目に入って、僕まで弓を間違えかけた他は、微妙に力が入りかけて弓が暴れかけたこと位で、順調だった。四楽章に入って、それまで早く終われと思っていたのが、フッと変わって、不思議な事にしばらく弾き続けたい感覚に襲われた。最後のページになってから、自分でも表情が緩んだのが分かった。最後まで、最初のモチベーションを崩すことなく到達できたのは、さすが本番効果というべきか。
  • アンコール…これには今回の譜面細工で最大といっていい譜面細工がなされていた。彼女ネタは常識?として、アンコールのある部分3箇所にはコンマスI氏の譜面に、目立つよう赤字でSoloと書いてあるのだ。その部分では、みんな弾かないということが事前にこっそり示し合わされていたのだ。それでも、いきなりさらりと弾いてしまうところは、さすがである。おつかれ。

もういろんな意味で最後だと思って、弾いた。
記憶に残る*3、演奏だった。それでいいじゃないか。

その後、片付けをして、レセプションへ。ここからは、日をまたぐので次の日の分にする。

*1:あれはバイオリンですが。

*2:コンマスI氏に直前の個人分奏で言われたし、この前のホームカミングデイでも先輩方に言われたこと。

*3:録音もあるので、ちゃっかり記録にも残っているのだが。