『かぐや姫の物語』

 この「かぐや姫の物語」という映画は,一言で言うと「間」の映画であると思う。
 コピーライトは,「姫の犯した罪と罰*1なのだが,実際の作品のテーマは「円」,仏教的な輪廻思想とであるという見方で,僕の中では落ち着いている。
○「間」の映画
 少し前に,先に映画を観た人と話をしていて,セリフの間が良かった,という感想を聞いていた。
 しかし,私の観た限りで,この映画のクライマックスとなる時間は,「無表情」と「無音」の時間である。
かぐや姫が昇天する際に,地上の記憶を消去する効力のある打掛を掛けられ,無表情になり,無音となった10数秒間…この時間に,この作品のクライマックスがある。その「無表情」と「無音」の時間に貼られた数多くの伏線に気付いて何をイメージするか,観ている側の力量が問われるのではないかと思う。
 高畑監督の作品や意見を見ていると,一貫してこうした「無音」などの間の演出を相当強く意識している。例えば,宮崎作品ではあるが,過去の「魔女の宅急便」でトンボを救出しようとして,落下するキキをトンボの手がつかむ瞬間,あの場面は高畑監督の意見を受けて無音になったという。
 今回の作品の中では,月の世界は「死」の世界,地球の世界は「生」の世界であるという場面設定をしている。すなわち,天人は「衆生来迎図」さながらに空気の読めないかぐわしい音楽を流して迎えに来る,感情のない荒涼とした世界の住人である。地球は,天人からすれば「けがらわしい」世界であるが,感情のある,愚かしいけれども多様性や生命感のある世界である。
 この両者をまたぐ瞬間というのが,地上の記憶を消去する打掛を掛けられる瞬間なのだ。ここで,かぐや姫は,さんざん思い悩んだ求婚者への罪の意識からも,逆につながりの深かった翁と媼,捨丸の記憶からも解放される。
 この部分で,観る人によってさまざまな伏線への着目点があるだろうから,その「無表情」となる瞬間と「無音」に何を見るのか,解釈の余地は観客に委ねられる。
 最後に,記憶を消去され,感情が消えたはずのかぐや姫が,表情を込めて地球を一度振り返る「間」の上手さ。どのカットを何秒間置くか,エンディングで暗転するまで至るデリケートな過程でちょっとバランスを崩したかな,と感じてしまった部分もある。だが,その微妙な時間感覚のバランスは個人の感覚の違いかもしれない。
 そのデリケートな時間感覚に非常に重きを置いた映画だったということ。これだけはすごく配慮された映画だったと言える。
○「円」,輪廻思想に関して
 月は円,地球も円である,この2つは,直接的ではないが,「生」と「死」を物思うときの意識の象徴として扱われている。
 今回のかぐや姫がなぜ地球に来たのか,その理由に関しては,途中に少しずつ明かされてゆく。昔地球にいた天人が歌を奏するときに感泣するのを見て,感情の無い月世界の中では印象深かったということ,何らかの罪を*2犯した,あるいは天上人としては未熟とみなされたかぐや姫が,地上に戻される。
 かぐや姫は自分の意思として行いたかった山里の暮らし,捨丸との暮らしを周囲の状況によってあきらめてしまう。その結果として,自分の意思と反した選択に追い込まれてしまい,悲劇へとつながってゆく。
 あたかも邯鄲一炊の夢のように,理想としていた世界の描写と交錯させることで,かぐや姫自身の描く理想とは逆の世界に追い込まれてゆくさまを描き,その落差をより鮮明なものとしている。最終的には,悲劇へとつながる運命に耐え切れず,帝との一件を期に月へと救いを求めてしまい,ようやく訪れそうになる別離の情すらも失う,という方向性へと向かう。
 この物語内の登場人物はそれぞれの思いのもとで行動し,誰一人としてこの連環からは「解脱」できていないのである。その狂言回しを演じているのが「かぐや姫」であって,ちょうど手塚治虫の「火の鳥」の主人公である猿田彦のようなもの,といってもよいかもしれない。結果的にかぐや姫は月へと戻り,また歌を奏しながら感泣するのだろう。そして,次のかぐや姫が地球にやってくる…。
そういう内容から,観客に投げかけているメッセージは何なのか?

 先程も述べたように,解釈の余地を観客に委ねているので,明快ではないが,「竹取物語」原文自体を読み返してみても,説話集のようには結論がない話なので,「かぐや姫の世界」を描くのならこれでよいのではないか,と思った*3

*1:おそらくミスリードだと思われる。映画にその因果関係を説明する要素は無かったから。

*2:ここでは敢えて触れてはいない。

*3:確かに,観た後に感動して,しばらく何も手につかなかった。クリエイターとしてやられたなぁと思った。だけど,単に「感動した」というセリフならば小泉さんでも誰でも言うことができることだし。コメントを見ていても,はっきりいってものすごく無責任なコメントばっかりだよね。