時間の流れかぁ

後輩とお話をしていて,何となく自分の頭の中で気がついたことがある。
やはり自分の思考や感覚の限界を感じてしまうのだなぁ。
限界というのは,理解できないから拒絶するというものではない。話を聞いて,何かしら話したり具体的に何かをすることによって,少しでもプラスになればいいと願う。
ただ,その結果がどうなるかと思いを巡らせたときに,自分は本当に無力だなぁと,ふと考えてしまう。
僕ができることは,せいぜい話を聞いて,自分の感覚で解釈した範囲において,少し人の背中を押してあげることしかできないのだ。こう書いてしまうと,本質は究極にシンプルだけれど,一番難しいことだと思う。
いろいろ話で理屈をつけることはたやすくて,詭弁をつかって人を納得させることは非常に簡単だ。だけど結局,一番説得力があるのは,その人がいかに自分に根ざした感覚で本質的に捉えて,自分の表情や言葉やボディーラングエッジで伝えようとするかにあるのじゃないかと思う。逆に他人のしゃべる内容もそうした面に着目するようにしている。
"Don't think, feel."というのは,ブルース・リーが言った言葉であるが,多かれ少なかれ最近この自分の感覚を信じるようにしている。いろいろ言葉を挟むけれど,それしか最終的に説得力を持ち得ない,ということがわかってきたから。
したがって,僕自身にできることは,自分の感覚を基にした考えを,自分の言葉で責任を持って伝えるということと,同時にその見解の限界もきちんと人に伝えるということ。それに尽きる。
そうやって,きっと自分の不完全さ・他人の不完全さというものを同時に処理できるようになるのだろう。
いやぁ,こんな不完全なアホにつきあってくれて,どうもありがとう。